キングダムをみた

宮崎セントラルで鑑賞。

人が多すぎた。封切からそれなりに時間がたっていると思うのだが、こんなに人が多いとは。

人が多い映画館は苦手。とくに今回は、隣の人がおとなしかったけど、臭かった。シャツの生乾きのにおい。あれはきらい。

 

作品そのものは、あの原作をどう実写化するのか(アニメなら十分だけど)と思っていたけど、おおむね失望することの無い出来だった。

時代が古すぎるから、時代考証とか史実とかは考えず、作品世界に没頭できればそれで良い。とはいえ、中国の古代史マニアには噴飯ものなのだろうけど。

 

主人公信の無茶ともいえるパワーも十分に伝わってきた。

相方のヒョウと秦王エイセイとの二役もとてもよかった。

単純な表情の違いを、あれだけキチッと演じ分けられるのは、本人の力か、監督の力か分からないが、良かった。

とくに、信が傷を負い、目を覚ますシーン。ヒョウの自然な笑顔が信の心に入るような空気感が、その直後エイセイの冷徹な表情に切り替わるところが、なんともいえずに良かった。

 

また、終盤、オウキ将軍が、秦王エイセイに、天下国家の在り方について尋ねるところ。歴史に汚名を残すことになった良いか、の部分で、エイセイが決断を決然と述べる所は、この作品すべてに対して抱いてきた疑問を氷塊させる上で大変に重要だと思う。

自分の場合、秦の始皇帝の原像は、本宮ひろしの『赤龍王』での始皇帝

とくに、彼の施政・姿勢に異を唱える儒者に対し「煮殺せぃ」とうなるように言うシーン。

 

あの大悪党と、その彼の成長・征服譚と、それを支える主人公の姿として考えた時に作品への基本的な違和感となっていた。

 

始皇帝の政治の在り方は苛斂誅求に過ぎる、という視点で描かれることが多いが、しかし、本作のセリフであったように、500年続いた動乱を終わらせるためには、かなりの思い切った策が必要というのも、この歳になり、それなりの経験を積むとそれなりに分かる気はする。

それぞれの地方にそれぞれの文化があることそのものは、良い事だろうけれども、文字が異なるだとか度量衡が異なるだとかは、統一した方が便利ではある。500年のいきさつを踏まえて考えれば、それぞれの地域がそれぞれに好き勝手なことをしたいという気持ちもわかる(現に、その後の中華はそうやって分裂を繰り返していたわけで)、そのためには強烈な法の支配というのも大事なのだろう。

 

作中人物では、やはりオウキ将軍(王騎)を演じた大沢たかおが出色でしょう。

原作でのオウキの変な感じが十二分に出ていたとまではいえないものの、生身の人間の努力としてはあそこまで出来れば十分なのか、と。特に今回は体重を15キロだか20キロだか増やして臨んだというし。まぁ、白髪三千丈的な馬鹿らしい武力なんかは、むしろもっとやってもいいのではないか、とも思うのですが。

 

あとは、セイキョウを演じた本郷奏多か。この人を初めて見たのは、『白戸修の事件簿』で、千葉雄大と良い感じのイケメンコンビを演じていたのが印象深い。それが、いつのまにか、本当にイヤらしい顔つきの薄弱な王弟となって現れたのにびっくり。

これが演技とは思えないほど、イヤな感じが出ていて、演技であることを祈りますが、そうであれば将来大成してくれるのか。

良い人役イケメン役よりも、やはり悪い人イヤな人を演じられるのが、やはり役者の技量でしょうし。